古布のご紹介


by saiyuu2
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刺し子 小物とかです。
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親父様、母様、子供サイズの飾り刺し子足袋です。

どれもびっちりと刺し子されていかにも何か祝儀の時に使用した飾りアイテムです。

バラバラに集められましたので、一家族のアイテムでは有りません。

あと足元周辺のアクド掛け、こう当て等の刺し子です。

使いこなされた藍染麻襤褸風呂敷の上に集めました。

母様のそろばん玉つなぎ刺し子は、遊佐刺し子に同じ紋様が有ります。

そりひきの飾り布文様だけでなく、足袋にもこの紋様を取り入れた地域が周辺にあるようです。

ではまた
# by saiyuu2 | 2017-07-20 11:45 | Comments(0)
筒描 刺し子 風呂敷 襤褸 です。
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ここから裏面です。
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昨日の牡丹唐草布団皮とちがった使われ方をされた藍染筒描き風呂敷「襤褸」です。

風呂敷ですから かなり力の入った結び方などをすれば、あっという間にダメージは、できてしまいます。このアイテムは、時期をずらして何度か、何種類かの継ぎあて布材で修復されています。

表側から見えるたくさんのダメージに今なら破棄処分、ニーズに合わせて次の新品をというのがおおよその流れのように思いますが。
このアイテムのお家では、ご覧のように数々の刺し子による補修がなされています。
襤褸は、継ぎ接ぎの変化をどうこう言うものですが、お家の従者に腕の立つお針子がいれば、
まだまだ 補修布で繕い 再度使用可能としています。
小気味よい縁取り・押さえ、リズムを持った仕付けのような刺し子、相当の大きなお家で何年も縫い仕事をまかされた「おなごし」の通常の仕事でしょうか。
この家で遺されたこの種のアイテムは、これら2、3枚の補修アイテムを含めて一度にかなりの木綿アイテムが遺されていました。
補修時から今日まで世間では、戦時を何回か経ていると思われます。

戦後間もないころには、まだ出番は回ってこなかったようです。

表具師さんは、表具に使う糊を名十年も床下に放置し 糊を完全に腐らしてから表装に使用すると聞いたことが有ります。そうしないと生きている糊の使用は掛物全体に反りがでるからだそうです。

それと非常に似た技法で糊付けされているのか、ヨーロッパ更紗の表面の蝋引きに酷似した見た目が有ります。虫が舐めた後など まったくないようです。糊つけだけでくっついた個所は、いとも簡単に剥がれます。
素封家の人・物・仕事があふれたところに、

腕のいいお針子は、確実に彼らの仕事をその痕跡に遺しています。

なにがしかの良い仕事が今日まで残されてきたとき、そこには熟練者の

ここち良い仕事が印象的に残ります。

ではまた
# by saiyuu2 | 2017-07-03 14:59 | Comments(0)
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筒描き多色絵画より藍染の「擦れ味」を見て 採集しました。

図柄以上に布材の「擦れ味」が気になります。これも 襤褸の一つの形でしょう。

いい具合の使用感を「擦れ味」といいますが、何度も人の使用を洗浄した上にこの形が仕上がります。 使用具合に微妙な心使いがあったおかげで 継ぎ接ぎをする必要もなく、「擦れ味」が美しく
のこされました。

藍染のみの継ぎ接ぎは、そのグラデーション感覚が現代大いに好まれています。

人が手をかけて作り上げたアイテムは、使われてこそ「いい感じ」が生まれてくるようです。

ではまた

P.S. 明日 違った仕様過程から出来上がったアイテムご紹介します。
# by saiyuu2 | 2017-07-02 22:01 | Comments(0)
庄内刺し子 布団皮です。2-7-37m 1 s-005
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ここから裏面です。
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お決まりの藍染木綿の撚りの緩い
スレードです。
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表側は、均一に藍染が褪色しています。裏面は、思ったほど褪色が進んでいません。
庄内に多い三角雷紋の刺し子がこのアイテムに多く見られます。そこは、Wスレードの藍染め木綿
が使用されていかにも仕事着としての使命を終えた後の刺し子布による布団側です。
元からごわごわ感のあまりないような刺し子布でしたが 次に野良着アイテムでなく布団布に使用されるケースはあまり見られません。撚りの緩い藍染木綿糸が刺し子糸に使用されていますから、ここ庄内では、古手木綿などが手に入れやすい時代のアイテムと思います。
てざわりがそれなりによければ、家内用に使うことも考えられたようです。
その後 このタイプのアイテムがあまり残されませんでした。
庄内地域の裕福さがその要因の一つです。
上方から古手木綿の移入がふんだんにあり、継ぎ接ぎを考えることは、あまり一般的では無かったようです。
30年くらい前は、この地域でも一軒の家に時代木綿の布団皮が面積の大きな継ぎ接ぎで補修された布団皮と共に完品の布団皮アイテムが多く散見することがました。どちらのお家でも古いものがおかれた蔵が有り、古いものが大事に保存されていました。
そのなかには、整った形の美しい継ぎ接ぎがのこされていることが、よく見られました。
それらは、布構成がしっかりと考えられているようです。
同時代の布材、同じ種類のアイテムをうまく見映えよく使っています。

北前船によって生産地より多くの布を移入できる財力は、継ぎ当て布の構成に美意識を持たせました。

それは、この地域全体に印象的な残布補修美を残しました。

ではまた
# by saiyuu2 | 2017-07-01 17:26 | Comments(0)
筒描き、手描き染で上布に描かれた着物アイテムです。
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「都名所図会」淀の水車,「広重の三十石船」の月に千鳥の良いところがオリジナルの図柄です。
人物、風景の位置取りに少し変化をもたらしています。
オリジナルと同様に人物の表情が江戸期特有の躍動感にあふれています。
どの人もいい表情しています。上布などに墨で描く場合は、にじみが絵画構成の大変な妨げとなりますが、このアイテムの場合、シャープな線が重要なようです。

この製作者が独自の感性で表現しているのは、川面全体の動きです。
波の奥行きを大胆に表現しています。


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図録と比べるべくもなく 実際の淀川を三十石船は、この様に激流の中を進むわけではありませんが、幕末の動乱期を超えてきた背景を 絵師は、京名所図会・広重の時期と違った描き方で静かに表現しているわけです。

身に着ける図柄の絵画的表現は、いつの時代も背景が見え隠れするようです。

ではまた
# by saiyuu2 | 2017-06-22 14:45 | 古布  | Comments(0)
江戸期 山形地方刺し子3点目です。 S-004
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ここから背面です。
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藍染木綿地に麻糸緯刺し子です。
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麻地に麻糸緯刺し子です。
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太く撚りのほとんどない麻糸による緯刺し子です。

ここからは、内側です。
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裏側はもとより表側も木綿布と麻布が継ぎ接ぎされた布で構成されています。
後世に、表側全面に麻布、裏布に木綿布が使用されたアイテムが伝統的に引き継がれた地域が有ります。
今回のアイテムは、江戸期の様式を全体に漂わせたアイテムで 後に一般的となる 木綿糸で刺し子することが このアイテムにほとんど見られません。
以前にも 江戸期 木綿糸は、価値あるものでたやすく手に入る物ではないとご紹介したことが有ります。
ここで使用されている構成を見ると撚りがほとんどない太い麻糸で刺し子されて、
江戸期 しかもかなりの過疎地で製作された「希少アイテム」であることが判ります。
形式的には前日までの2アイテムなどが、この刺し子の影響をうけた物なのかもしれません。
採集地はやはり新庄付近です。
後に影響を及ぼした原点のアイテムを探し出すことは、こんにちでは容易なことではありません。

裏地の木綿布も古手を継ぎ足し継ぎ足して布の形状をようやくなし 普段は見えぬ裏地なので見映えにはあまりこだわっていないようです。

今は、そこに「Folkyな面白味」を見出せるのかもしれません。

これまで その顕著な流れが何種類かのアイテムにも存在しています。

でわまた
# by saiyuu2 | 2017-06-06 01:06 | Comments(0)
二点目の 江戸期 山形刺し子です。これも新庄あたりのアイテムです。 S-003
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フォルムから見て秋田山間部の刺し子の影響を受けています。少し大きめの袖でしょうか。
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藍先染めWスレード緯刺し子で単調に刺し子されています。
後世には、二枚重ねの薄手藍染濃淡木綿布で同じように藍先染め糸で横刺しの直線刺し子で仕上げたアイテムが多々見られました。

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ここから内側です。
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美しく輝く藍染縹色木綿糸と濃い藍色の手触りの良い格子織です。少し違う布を足しては有りますが
ふんだんに江戸期の格子木綿布が裏地に使用されています。お決まりのおさえ糸は、この時代どこでもほとんど麻糸です
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この画像は、重ねられた木綿布の物です。久々の三枚重ねです。かなりゴワゴワとしています。
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庄内刺し子も三枚重ねは、大変希少です。かなりのプロテクト感はあります。 中に重ねた縞文様織の木綿布の柄が見えず もったいないようです。中では、案外次ハギなのかもしれませんが。
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風合いの良い江戸期木綿布を単純に三枚重ねで硬く硬く刺し子された 

素朴なFolky感を持つアイテムです。

ではまた
# by saiyuu2 | 2017-06-04 01:09 | Comments(0)
今日から3回、都合で 江戸期 山形刺し子です。 S-002
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ここから内側です。
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ここから表側に戻ります
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山形県で庄内より山側奥羽山脈沿いの 冬は、豪雪地帯の 新庄・尾花沢あたりの刺し子です。

----以前この辺りの大きな農家を訪れたことが有ります。
土間のすぐわきに板の間が有り、そこに大きなが囲炉裏があった事覚えています。
囲炉裏端で御当主と話をしている間中 綿入れを着た女の子が御当主に寄り添うようにして傍で黙って長い間一か所を見つめてじっとしていました。
あまり人が訪れることもない山間部故 我々の話に興味が有るのかと思っていました。
ふと板戸の壁沿いを見ると 立派な認定証のような賞状等が数点あったようでした。そこには、農学博士と書かれていたように記憶しています。
「ご当家では、どなたかが農学博士なのですか」と尋ねたところ、
ご当主が「この子だ」とさっきからそばでじっとしている女の子を指さしました。
驚いていると、女の子が話始め なんとも聡明な物言いだったことを覚えています。----

この刺し子は、先染め藍木綿のWスレードで粗さが目立つ縦一直線の刺し子です。
採集時には、新庄あたりの刺し子と聞かされました。他の造作もかなり粗さばかりが目立つアイテムです。形が誠に秋田アイテムと庄内アイテムの中間形のように思います。
庄内刺し子ほど精密に手慣れた刺し子文様は無く、刺し子糸も藍先染め木綿糸が余分にあまらせぎみでどちらかと言えば形式は、秋田山間部の江戸期武士が着用していたような形です。
江戸期特有の布端押さえ糸は、麻糸です。しかし、表の厚手藍染め木綿と雨だれ絣布裏地が同じ面積で みいっぱい使用されて 作られた当時は、そこそこ贅沢な布づかいの刺し子アイテムだったと思います。
かなりの重さで硬質感が有りけっこうな外圧・摩耗にも耐えられるアイテムと思います。

ではまた
# by saiyuu2 | 2017-06-03 02:21 | Comments(0)
一つの庄内刺し子スレ味アイテムです。 2737m-2 S-001
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ここから、内側です。
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 ここから表に戻ります。
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襟を変えるときにこれは一度洗浄されています。
そのため、本来の自然藍の濃淡が美しく印象的です。

藍の良い色落ち効果で、始まりの甕覗きブルーから濃い藍へのグラデーションが互いを引き立てるようです。

これが、最も印象的な藍染木綿の持ち味です。  ご鑑賞ください。

ではまた
# by saiyuu2 | 2017-06-02 03:29 | Comments(0)
今日は、庄内刺し子 足袋と江戸期 庄内刺し子デンチです。
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白木綿に藍染糸で刺し子されています。少し小さめなので女性用でしょう。
それなりの仕事の量です。 少し汚れがついているだけでダメージは、ありません。


これも、江戸期の庄内刺し子です。
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ここから内側です。
左側にあるのは,後つけのポケットです。ポケットが、必要となる時代につけられたものです。
ほとんどの刺し子アイテムは、ポケットを必要としません。これは、ちょっと偉い人が使用したか、時代が下がって必要となったからです。
江戸期、明治、大正、昭和の初めは、結構ハードな仕事が当たり前でポケットにものがあれば仕事の邪魔になり、余計な文書は過ちのもとです。
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江戸期庄内刺し子仕事着の表側は、ほとんどがムジ藍染木綿で構成されています。
反して裏地は、型染・絣・江戸小紋なども継ぎ接ぎで使用されています。

同じ面積の色変わり無地裏地は、かえって少ないようです。
同じ面積の木綿布の無地-表・裏-の形式を伝承する後代のアイテムは、古手木綿の呪縛から解放されたようにこの形式の物が多く裏地の継ぎ接ぎは、ほとんど見当たりません。

たまに江戸期「縞帳」にあるような縞木綿布が表側に使用されています。 この地域では、表側に使用される木綿布は、縞木綿すらも目立つぜいたくだったのでしょう。

無地の刺し子に逆らうように酒田あたりでは、早い時期から濃い藍地に目立って文様の浮き出る
先染めの「縹色」木綿糸で洗練された Folkyな文様が刺し子されています。

しかし、江戸期から明治期の前半頃鶴岡あたりでは、「縹色」の刺し子糸が使用された文様さえもまだまだ恐れ多いことだったようです。

ではまた
# by saiyuu2 | 2017-05-30 09:43 | Comments(0)