古布のご紹介


by saiyuu2
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筒描き、手描き染で上布に描かれた着物アイテムです。
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「都名所図会」淀の水車,「広重の三十石船」の月に千鳥の良いところがオリジナルの図柄です。
人物、風景の位置取りに少し変化をもたらしています。
オリジナルと同様に人物の表情が江戸期特有の躍動感にあふれています。
どの人もいい表情しています。上布などに墨で描く場合は、にじみが絵画構成の大変な妨げとなりますが、このアイテムの場合、シャープな線が重要なようです。

この製作者が独自の感性で表現しているのは、川面全体の動きです。
波の奥行きを大胆に表現しています。


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図録と比べるべくもなく 実際の淀川を三十石船は、この様に激流の中を進むわけではありませんが、幕末の動乱期を超えてきた背景を 絵師は、京名所図会・広重の時期と違った描き方で静かに表現しているわけです。

身に着ける図柄の絵画的表現は、いつの時代も背景が見え隠れするようです。

ではまた
# by saiyuu2 | 2017-06-22 14:45 | 古布  | Comments(0)
江戸期 山形刺し子3点目です。 S-004
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ここから背面です。
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藍染木綿地に麻糸緯刺し子です。
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麻地に麻糸緯刺し子です。
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太く撚りのほとんどない麻糸による緯刺し子です。

ここからは、内側です。
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裏側はもとより表側も木綿布と麻布が継ぎ接ぎされた布で構成されています。
後世に、表側全面に麻布、裏布に木綿布が使用されたアイテムが伝統的に引き継がれた地域が有ります。
今回のアイテムは、江戸期の様式を全体に漂わせたアイテムで 後に一般的となる 木綿糸で刺し子することが このアイテムにほとんど見られません。
以前にも 江戸期 木綿糸は、価値あるものでたやすく手に入る物ではないとご紹介したことが有ります。
ここで使用されている構成を見ると撚りがほとんどない太い麻糸で刺し子されて、
江戸期 しかもかなりの過疎地で製作された「希少アイテム」であることが判ります。
形式的には前日までの2アイテムなどが、この刺し子の影響をうけた物なのかもしれません。
採集地はやはり新庄付近です。
後に影響を及ぼした原点のアイテムを探し出すことは、こんにちでは容易なことではありません。

裏地の木綿布も古手を継ぎ足し継ぎ足して布の形状をようやくなし 普段は見えぬ裏地なので見映えにはあまりこだわっていないようです。

今は、そこに「Folkyな面白味」を見出せるのかもしれません。

これまで その顕著な流れが何種類かのアイテムにも存在しています。

でわまた
# by saiyuu2 | 2017-06-06 01:06 | Comments(0)
二点目の 江戸期 山形刺し子です。これも新庄あたりのアイテムです。 S-003
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フォルムから見て秋田山間部の刺し子の影響を受けています。少し大きめの袖でしょうか。
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藍先染めWスレード緯刺し子で単調に刺し子されています。
後世には、二枚重ねの薄手藍染濃淡木綿布で同じように藍先染め糸で横刺しの直線刺し子で仕上げたアイテムが多々見られました。

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ここから内側です。
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美しく輝く藍染縹色木綿糸と濃い藍色の手触りの良い格子織です。少し違う布を足しては有りますが
ふんだんに江戸期の格子木綿布が裏地に使用されています。お決まりのおさえ糸は、この時代どこでもほとんど麻糸です
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この画像は、重ねられた木綿布の物です。久々の三枚重ねです。かなりゴワゴワとしています。
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庄内刺し子も三枚重ねは、大変希少です。かなりのプロテクト感はあります。 中に重ねた縞文様織の木綿布の柄が見えず もったいないようです。中では、案外次ハギなのかもしれませんが。
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風合いの良い江戸期木綿布を単純に三枚重ねで硬く硬く刺し子された 

素朴なFolky感を持つアイテムです。

ではまた
# by saiyuu2 | 2017-06-04 01:09 | Comments(0)
今日から3回、都合で 江戸期 山形刺し子です。 S-002
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ここから内側です。
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ここから表側に戻ります
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山形県で庄内より山側奥羽山脈沿いの 冬は、豪雪地帯の 新庄・尾花沢あたりの刺し子です。

----以前この辺りの大きな農家を訪れたことが有ります。
土間のすぐわきに板の間が有り、そこに大きなが囲炉裏があった事覚えています。
囲炉裏端で御当主と話をしている間中 綿入れを着た女の子が御当主に寄り添うようにして傍で黙って長い間一か所を見つめてじっとしていました。
あまり人が訪れることもない山間部故 我々の話に興味が有るのかと思っていました。
ふと板戸の壁沿いを見ると 立派な認定証のような賞状等が数点あったようでした。そこには、農学博士と書かれていたように記憶しています。
「ご当家では、どなたかが農学博士なのですか」と尋ねたところ、
ご当主が「この子だ」とさっきからそばでじっとしている女の子を指さしました。
驚いていると、女の子が話始め なんとも聡明な物言いだったことを覚えています。----

この刺し子は、先染め藍木綿のWスレードで粗さが目立つ縦一直線の刺し子です。
採集時には、新庄あたりの刺し子と聞かされました。他の造作もかなり粗さばかりが目立つアイテムです。形が誠に秋田アイテムと庄内アイテムの中間形のように思います。
庄内刺し子ほど精密に手慣れた刺し子文様は無く、刺し子糸も藍先染め木綿糸が余分にあまらせぎみでどちらかと言えば形式は、秋田山間部の江戸期武士が着用していたような形です。
江戸期特有の布端押さえ糸は、麻糸です。しかし、表の厚手藍染め木綿と雨だれ絣布裏地が同じ面積で みいっぱい使用されて 作られた当時は、そこそこ贅沢な布づかいの刺し子アイテムだったと思います。
かなりの重さで硬質感が有りけっこうな外圧・摩耗にも耐えられるアイテムと思います。

ではまた
# by saiyuu2 | 2017-06-03 02:21 | Comments(0)
一つの庄内刺し子スレ味アイテムです。 2737m-2 S-001
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ここから、内側です。
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 ここから表に戻ります。
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襟を変えるときにこれは一度洗浄されています。
そのため、本来の自然藍の濃淡が美しく印象的です。

藍の良い色落ち効果で、始まりの甕覗きブルーから濃い藍へのグラデーションが互いを引き立てるようです。

これが、最も印象的な藍染木綿の持ち味です。  ご鑑賞ください。

ではまた
# by saiyuu2 | 2017-06-02 03:29 | Comments(0)
今日は、庄内刺し子 足袋と江戸期 庄内刺し子デンチです。
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白木綿に藍染糸で刺し子されています。少し小さめなので女性用でしょう。
それなりの仕事の量です。 少し汚れがついているだけでダメージは、ありません。


これも、江戸期の庄内刺し子です。
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ここから内側です。
左側にあるのは,後つけのポケットです。ポケットが、必要となる時代につけられたものです。
ほとんどの刺し子アイテムは、ポケットを必要としません。これは、ちょっと偉い人が使用したか、時代が下がって必要となったからです。
江戸期、明治、大正、昭和の初めは、結構ハードな仕事が当たり前でポケットにものがあれば仕事の邪魔になり、余計な文書は過ちのもとです。
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江戸期庄内刺し子仕事着の表側は、ほとんどがムジ藍染木綿で構成されています。
反して裏地は、型染・絣・江戸小紋なども継ぎ接ぎで使用されています。

同じ面積の色変わり無地裏地は、かえって少ないようです。
同じ面積の木綿布の無地-表・裏-の形式を伝承する後代のアイテムは、古手木綿の呪縛から解放されたようにこの形式の物が多く裏地の継ぎ接ぎは、ほとんど見当たりません。

たまに江戸期「縞帳」にあるような縞木綿布が表側に使用されています。 この地域では、表側に使用される木綿布は、縞木綿すらも目立つぜいたくだったのでしょう。

無地の刺し子に逆らうように酒田あたりでは、早い時期から濃い藍地に目立って文様の浮き出る
先染めの「縹色」木綿糸で洗練された Folkyな文様が刺し子されています。

しかし、江戸期から明治期の前半頃鶴岡あたりでは、「縹色」の刺し子糸が使用された文様さえもまだまだ恐れ多いことだったようです。

ではまた
# by saiyuu2 | 2017-05-30 09:43 | Comments(0)
今日は、庄内刺し子の柔らかアイテムです。
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ここから内側です。
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江戸期の庄内刺し子です。手触りが少し柔らかい部類の刺し子です。

デンチ型のやや硬質なアイテムに比べて動きやすいようにできています。

このアイテムは、打ち込みのしっかりした木綿布を使用したものとの違い二枚重ねの内側の木綿布が
かなりFolkyな打ち込みの緩いアイテムで 厚みは、同じような厚さですが 木綿布の打ち込みが緩い分だけ刺し子されても柔らかいです。江戸から明治の初めは、 布おさえの糸は、麻糸が殆どです
作業に適した素材が使用されると仕上がりに違いができてきます。

二枚重ねの刺し子でも使用された木綿の打ち込み加減によって硬質感を変えることができるようです。
 まだ庄内刺し子を紹介して僅かですが、今後 庄内刺し子の「百の変化」をご紹介していきましょう。 

良い為政者の下 庶民がつつましくも裕福に暮らした背景に

いやされる藍染木綿アイテムは、大切に遺されました。

でわまた
# by saiyuu2 | 2017-05-27 19:51 | Comments(0)
今日は、すこし「スレ味」の江戸期 庄内 刺し子です。
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この刺し子の背から首回りに使われた 江戸期木綿布の拡大画像です。
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ここから内側です。
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江戸期の庄内刺し子の文様は、この場合はざっくりいうと斜め枡刺しです。

庄内刺し子研究会の調査によると他にもいろいろな文様が有りますが、
その由来は、平安時代から都との文化の移入が有った事でもわかります。

撚りの強い木綿wスレードで刺し子してあります。指などに結構な筋肉を蓄えた人じゃないとこの仕事は、前に進まないと思います。このアイテムは、これ以降の刺し子アイテムに比べて硬さに抜きんでたものがあります。手触りがFolkyな江戸期木綿布が二枚重ねられて刺し子されています。

強靭な針と技術的にも何か上級のことがないと容易に刺し子できぬアイテムと思います。
近年幾つか遺されたアイテムが散見されています。これは庄内酒田の一部地域で伝えられた良き方法で仕上げられたアイテムです。
後の時代の庄内地方刺し子アイテムと比べると刺し子の密度がかなり違います。

この刺し子と同じ手触りの木綿布を近江の江戸期刺し子たっつけに見たことが有ります。
基本の木綿布は、あくまでも仕事着レベルに使用できる強度があることと、刺し子縫いしやすい木綿布であることが共通しているようです。

庄内と近江は、庶民が裕福なことが共通しており、針・木綿糸の調達が容易であったと思われます。

江戸期封建制度の中でも 流通が盛んで商業に密着した農業のある土地に当時としては、ぜいたくな木綿布を使用した刺し子は、農家庶民の仕事着に素晴らしいものが遺されました。

でわまた
# by saiyuu2 | 2017-05-25 14:09 | Comments(0)
庄内江戸期木綿刺し子です。

画像の刺し子は、江戸期 風合いの良い厚みの木綿布を二枚重ねて木綿糸で刺し子されたアイテムです。かなりの熟練者の技量が必要と思われます。後の時代の刺し子より厚さが有り、かなりの硬質感を持った刺し子布です。
ほど良い厚さは、その時代の木綿布の柔らかさを示し その仕上がりに強度と風合いの良さがあり。妥協できる調和の限界点だったと思います。
今日では、その硬質感に江戸期の時代性を感じ また使用頻度の高いアイテムとそうでないものとに今日的微妙な好みの相異を生み出してきました。
 
江戸火消しの刺し子のように確実に必要な硬質感を持つアイテムと野良着等何回も洗浄を繰り返した柔らかい厚さの刺し子アイテムに見た目の印象差はあります。

そして、現代に遺されてきた江戸期木綿アイテムは、未使用アイテムと多使用感アイテムに両極の味わい深さを含みます。

江戸期木綿布の持つ良さは、全て「江戸期の良き風合い」から発生します。

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ここから内側です。
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w木綿スレードで全体をバランスよく刺し子するのは、結構大変な技術を要すると思います。
どこを見ても見慣れたお決まりの江戸事柄満載です。

ではまた
# by saiyuu2 | 2017-05-24 19:08 | Comments(0)
江戸の筒描 二題です。
まずは、家紋に岩、竹と筍です。
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もう一点は、ボタンに獅子です。
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この2点の江戸筒描きは、何処か地方の江戸期筒描と思います。
江戸期ものは、何処も創作熱意が込められたアイテムが多いです。

この江戸期筒描き二点は、江戸期の職人の精一杯の創意工夫を持ちます。
そして、何とか絵画をシンプルに立体的に表現しようとする創作意欲が有ります。

竹や筍、岩の随所に加えられた細い斜線で奥行き表そうと努力しているようです。
地面までも横筋で面白くしています。
もちろん友禅的ボカシの手法を知っていれば、その手もあるのでしょうが、
 
独自のかんたんな斜線表現で3Dを描き出せばそれが筒引きのシンプルな「いい味」でしょう。

今回は、絵画が描かれた木綿布に注目してみました。

幕末期と言えどもまだ封建制度で世の中が動いているご時世、一般庶民には藍染筒描き布団は、まだまだ「お大事な物」だったと思います。ここ一番のお客様用には、嫁が婚礼の時に持参した藍染夜着でごっゆくりとお休みいただいたことでしょう。

今、この筒描き布に触れる時、江戸木綿は、分厚い印象を持ちます。

この事は、統一基準ではありませんが何処の地方にても ほぼ同じような手触りの木綿布アイテムでした。
打ち込みの良い木綿布は、地方においてこの薄さ具合が限界でしょう。

この時代 絹物特に伸び縮みが柔らかい「縮緬布」などは、花洛の一部特権階級たちの特別なアイテムで、後年、裕福な庶民たちに払い下げられたとしても ちゃんとした状態は、まだまだ有難いアイテムで 後にかなりの絹物で継ぎ接ぎされたものでも大事に保存されたものでした。

花洛にては、薄手の木綿布の流通も盛んであったろうと思いますが、絹アイテムには及びません。
遺された木綿布薄手アイテムは、現代 ほとんど見かけることが有りません。

そこで麻ほどのごわごわ感がなく 取りあえず薄めの布としての木綿布は、その辺の手触りが上物として全国的に認識された良さだったと思われます。
とはいっても現代の基準では、「分厚い」が実感です。

そして、庄内辺りの裕福な庶民は、この手の木綿布を重ねて仕事の為のアイテムを作り出しました。

庄内地方は裕福な土地で上質の木綿布は、容易に入手できました。そして、ごわごわの庄内刺し子が誕生しました。当時に婚礼道具として作られた袖なし「出たち」着物などが 物持ちがよい土地柄の御かげで 今日、

庄内江戸期刺し子は、僅かですが遺されました。

そこには、手触り良き江戸木綿の存在が確かにありました。

ではまた
# by saiyuu2 | 2017-05-23 22:13 | Comments(0)