古布のご紹介


by saiyuu2

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おはようございます 岩手麻筒描アイテムです
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岩手の筒描は、殆どが風呂敷、鹿踊り幕、そして馬かけです。

稀に、祭器を覆い隠す布として筒描アイテムが有りますが それらは、明確な使用法が判別できぬアイテムが殆どです。麻布は、神事に最も使用されるアイテムとして古来より着用されてきました。ここ岩手では、祭器を保存する箱のカバーに筒描麻布が使用されましが、その数は、多くありません。

これは、江戸期筒描きアイテムが祭器台のカバーとして使用されたと思われます。

職人さんが荒海の神事を、デフォルメされた波で大変自由に表現しています。
まさに躍動的筒引きです。

久しぶりに拝見しましたが 厚手の麻に味の濃い筒描表現が大変印象的です。

陣幕の厳格さ、筒描布団地の軽妙さと違った 「こくのある」波の動きです。

神楽のお囃子の中に鎮座する「海神」の覆いでしょうか。

ハートに響く大太鼓と笛の音を覚えます。

ではまた
by saiyuu2 | 2015-02-28 04:46 | Comments(2)
おはようございます 江戸期の藍染麻馬かけ(Horse-trapping)長い形です
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これは、馬の装飾の為の布です。それは、手で紡がれた麻です。これは、江戸時代に岩手県北部で使用されました。そして、これは結婚式や祭事のときに使用された大変御目出度いアイテムです。これは、Tsutsugakiの技法で染められました。これは、自然藍で染められました。中央の二つの蕪は、家紋です。それを囲む四角の枠のサイズは、66cm x 122cm(25.9” x 48”)です。一つの蕪のサイズは、縦36cm x 幅40cm(14.1” x 15.7”)です。
多数の小さい四角のKatazomeは、Ichimatu文様と呼ばれます。Ichimatu-Katazome文様と蕪の家紋は、美しく藍染されています。そして、Folkyな感じは非常に印象的です。
Katazome部分に最終画像のようなダメージが数か所ありますが、全体は完全です。
サイズ66cm x 446cm(25.9” x 175.5”)
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Edo Indigo Tsutsugaki Hemp Horse-trapping Long form

This is cloth for decoration of the horses. It is hemp spun by hand. This was used in North Iwate in the Edo era. And this is an item very happy used at the time of wedding ceremony and sacred rites. This was dyed in technique of Tsutsugaki. This was dyed with a natural indigo plant. Two central turnips are family coats of arms. The size of a square frame around it is 66cm x 122cm (48 25.9 "x"). The size of one turnip is 36cm in height x 40cm in width (14.1 "x 15.7").
Large number of small square Katazome is called Ichimatu pattern. Ichimatu-Katazome pattern and the family coat of arms of the turnip are performed indigo dyeing of beautifully. And the feeling that is Folky is very impressive.
A Katazome part has several places of damage such as the last image, but the whole is complete.
Size 66cm x 446cm (25.9 "x 175.5")

ではまた                        
by saiyuu2 | 2015-02-28 04:30 | Comments(0)
おはようございます 今日も岩手 襤褸です

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江戸期 麻 襤褸 たっつけです。

野良着よりも使い方は、荒いようです。昨日の上着と揃いで御紹介しました。

大麻の繊維は太く、擦り切れるには、かなりハードな仕事の結果と思います。

その活動量の痕跡の多さは、現代の藍染厚手ジーンズのそれとは比較できませんが、

当時は、このスタイルが働き者の証拠だったのかもしれません。

後世には、大正期以降全国的にかなりの人々が木綿布を使用するようになります。

ではまた
by saiyuu2 | 2015-02-28 04:12 | Comments(0)
おはようございます 江戸期の 岩手 麻襤褸 印象的アイテムです
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ここから内側です。
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表側は麻布のみで内側はその時に入手できた木綿布で,繰り返し継ぎ接ぎされます。

表面には同じ作りの麻が使用されるため 時の流れは目立ちませんが、内側は時代を経て風合いの違う木綿布が どんどん重ねられます。 

地道な仕事の繰り返しでも着衣は常に変化します。この地域では、身近に存在した同様の麻布で傷んだ処を繕うことが出来ました。
つくろった部分を、なるべく目立たぬようにしたい風習はありましたが、毎日の労働の痕跡は必ず残ってしまいします。 
そして、労働の痕跡には、その人なりの「印象」が出来上がりました。 それに何かを感じた使用者は、後にこれが処分される事がないように、他人が触れぬところにそれをかたずけました。

時は過ぎ、同じ印象を受けた賢人は後世にこれを伝えました。

あらゆる素材に  真摯な活動の痕跡が遺されるとき  そこには

感じることのできる 「良き印象」 が残るはずです。

全ては、日常のより良き積み重ねから生まれます。



近いうちにもう2、3点 画像を表示したいと思います。  ではまた 
by saiyuu2 | 2015-02-27 04:00 | Comments(0)
おはようございます 岩手襤褸です
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形は岩手継ぎ接ぎの定番です。

以前でも岩手木綿襤褸は、非常に数少ないアイテムでしたが、近年はほとんど全く出会うことが有りません。

これは、あられ絣系のアイテムをふんだんに使って、遠目には、つぎあてを感じさせぬように努力しています。 藍染地に白絣を散らしただけのよく似たアイテムでも それだけで美しく補修したこととして 多少の誤差は、気にしないようです。
これは、布上の変化をまったく求めないことが求めらえたコンセプトであり 補修あとが目立っては「気恥かし」かったんだろうとおもいます。
内側は、それなりに何とかブルー系でそろえようと藍染をかけたりもしています。

秋田、岩手の境界地域付近 特に岩手寄りでは、移入古手木綿量が少ないせいか 同一時代同手の木綿布が貴重品で 配置する布に異なる風合いのアイテム多く 補修を目立たないようにすることを第一に考えると 布の配置構成に苦心しているようです。


今となっては、他の地域では、決して見られぬ 色、柄のグラデーションそして独特のフォルムが感じられます。

ではまた
by saiyuu2 | 2015-02-26 04:30 | Comments(0)
こんばんは 今朝の横手絣 継ぎ接ぎの内側です。
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元の裏地は、縹色の藍染木綿です。後の時代にダメージができた場所には次々とその時代の布が加えられています。

「晴れの日」だけ  労働なしに着る衣装と私は考えましたが、裏地を見ると この古絣着物を着た

人は、晴れの日のご祝儀に引っ張りだこだった人かもしれません。良き日でも力仕事が有れば進んで参加しました。

その時は、美しい絣をきずかって 裏地を表側にして労働します。ひと段落して 仕事が終われば


祝儀の名わき役として美しい絣の登場です。 


このシリーズ やはり同じ地域で衣服の活用の方法は、基本的に同じです。

「晴れの日」の衣装と「けの日」の衣装が裏、表で一体となっています。

ではまた
by saiyuu2 | 2015-02-25 20:28 | Comments(0)
おはようございます 岩手襤褸続けます

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稀に西日本の「はぎとうじん」のスタイルを模した つぎはぎ着物が存在します

絣のパーツを精査すると 使用された絣は、全て横手絣とおまわれます。

このアイテムは、完全に「晴れの日」のアイテムで、当然裏地は、縹色の藍染で統一されていると思ってますが。  今夕に裏地を精査します。

少しづつ集めた同時代の絣木綿布を美しくはぎ合せて 1枚のきものに仕立て上げたアイテムです。

多少アシメトリーなのが面白さです。

秋田山間部の木綿素材を使って、九州伝統の意匠の継ぎ接ぎ「晴れ着」を仕上げるのが 製作者の背

景から絞り出された感覚そのものです。

同時期に秋田地方では、腰部分で上下を絞りと絣で分ける仕様が 物足りぬ時代から物あふれる時代にいたるまで変わらぬお好みのようです。

このアイテムは、秋田地方の横手絣木綿を使用しましたが、(秋田に隣接した)岩手地域で製作された為 秋田好みのこだわりが無く、製作者の背景にある九州意匠で製作された希な例です。

ではまた

                                       1.8TUD
by saiyuu2 | 2015-02-25 04:38 | Comments(0)
おはようございます 江戸期 古絣の襤褸です

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ここから内側です
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江戸期の横手絣による 継ぎ接ぎ半襦袢です。 何回も洗いが繰り返され布の藍染は、褪色が進んでいます。

元は、布団皮でしょうが ある意味余裕がある家の素材は、同じ木綿布が 時を経て褪色が進んだ部分に再び継ぎ足されます。 
大した変化は、ありませんが 本来はこのように同一木綿布で補修が隠せるを良きことと考えたと思います。これが、通常の事であれば 味わいのある襤褸など存在は、非常に稀であったはずです。
しかし、当時は、家族の頭数だけ買い揃えて足りる「お家」は少ないはずで、スペア衣服を持つ家族は稀だったと思われます。その為、先代の方々が遺した 使える部分が1インチ四方に満たぬ布さえも何代にもわたって伝え続けられ、それらの端切れは、財産として蓄えられました。

その後、賢明な選択者によって良き構成は、成しえられました。
十分でない残布から選びだす研ぎ澄まされた感覚が現代の人々に「選びの美」を感じさせているようです。

足りぬところからの努力がよきバランスを導き出しました。

一方、花洛および お江戸などでは、上質な絹呉服であろうと一度しか袖を通さぬ方々もいらっしゃったようです。そういうお品は、次から次へと下賜され あるものは、「お大事なもの」として家宝となり またある物は、宝を分けるように用途に応じて切り刻まれることとなります。
それらは、別の形の きわめて華奢なスタイルの継ぎ接ぎとなります。現在では、つぎはぎ着物や穀物袋としてそれらは、遺されています。

圧倒的な人員による手間暇かけた上級のアイテムと、圧倒的に足りぬ中から感覚のみで選び 生みだされたアイテム 同じ時期にも環境が違えば 遺されるものは 異なります。

その背景の努力を 偶然に強く印象付けられるアイテムは存在します。

その背景を知ることなしに目の前に出された「芸術的印象」は、その選択がすべての背景を超越します。

ただ一つ、共通点は求めに応じて成した事です。(これが本邦の基本でしょうか)
by saiyuu2 | 2015-02-24 04:36 | Comments(0)
おはようございます つづけます

おもて側です
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ここから内側です
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この地域の場合、おもて側で使用して擦れ味が出来た部分が、再び内側になったのでしょうか

おもて側と内側を何回も交換しています。基礎になる布の一方にだけ重ねて何回も継ぎ足すことがここでは大事なようです。  

何度も継ぎ足されて布は徐々に厚みを帯びてきます。
そして異なった時代の布が重ねられることが当たり前のようです。
安価な木綿衣料が庶民に届く時期までその作業は、何のためらいもなく続けられました。

お金を払えば簡単に欲しい衣服が手に入る「いま」だから  そのころの苦心の補修跡を「今」楽しめるのでしょう

色んな形の補修が色んな地域に色んな素材と共にあります。
by saiyuu2 | 2015-02-23 04:54 | Comments(0)
こんにちは しばらく岩手襤褸です

おもて側は、藍染のかがすりが褪色しています。
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ここから内側です。
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元の南部様の地域では、封建時代が終わっても 麻を日常的によく使ってきた伝統が残っています。

岩手県側では、さらにその傾向が強いようです。

こんにち 木綿襤褸で遺されたアイテムは、大正期以降に移入された木綿の使用が多かったようです。

「晴れの日」「けの日」の概念は、この時期の庶民にしみついているはずで、今我々が見ている 表側は、仕事時には裏側となり僅かでも晴がましいときには、おもて側に出してきたのでしょう。

裏表の着回しが出来る厚みが重要でした。現状、褪色が甚だしい蚊絣が晴れ着で、次々と重ねられていく補修布が「労働の痕跡」を物語る裏側です。
この木綿布が大衆に広まった時代には、東北地域にも「西日本からの木綿」の移入が日常の事となりました。しかし、物々交換が主たる流通手段の地域では、これらがまだまだ「お大事なもの」だった事と思われます

このアイテムも余す事無く限られた木綿布で繕いをされてます。

しかし、この地域では、あったかい木綿布が身近となった時代でも麻にこだわりが有りました。

そのため江戸・明治期は やはり地元産の麻布を中心とした衣料が多かったようです。

いずこも前の時代の風習は、根強く伝えられているようです
by saiyuu2 | 2015-02-22 14:48 | Comments(0)