古布のご紹介


by saiyuu2
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<   2016年 02月 ( 4 )   > この月の画像一覧

海から来たブルーみたいな、畑から来たブルーです。
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真ん中の起毛木綿のたっつけが 独特の綺麗に染まったブルーです。


起毛木綿に見つけたスーパーマリンブルーです。
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起毛木綿で藍を縹色に染めると あのスーパーマリンブルーによく似た色になります。

自然植物染料は、何度も染めるので同じ色は有りませんが、心地よい藍から癒し系の「ブルー」は生まれるようです。 東北地方の日本海側で良く使われた心地よき藍のぶるーです。

起毛木綿のでこぼこ感には藍のブルーが最も合うようです。

ではまた
by saiyuu2 | 2016-02-14 02:35 | Comments(0)
おはようございます 先日東北で一番の刺し子があるとご紹介した 
秋田の洒落刺し子です。 4.5-3m
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刺し子には、「けの日」のアイテムと、「晴れの日」のアイテムがあります。

刺し子には、厚みをプロテクターとして 働く時に頑丈そのもののざっくりした感覚のアイテム、 洒落るときに複雑な文様をいくつも取り込んで軽快な意味を描き華奢かげんを表現したアイテム
二つの流れがあります。

刺し子で文様に意味を持たせるので 染は、ほとんど用いたくないようです。


これは 象潟周辺と秋田のどこかの地域の風習が入り混じったデザインの刺し子です。

一部は、秋田刺し子前掛け(めだれ)の意匠、一部は庄内・秋田の境界の特徴が入り混じった刺し子です。

東北刺し子で一番としたのは、布材の使い方、 Sスレードで何かを表現するデザイン力、そして野良着として全体の仕上がりに調和のとれた刺し子文様のバランス感覚です。
弘前の白糸亀甲刺し子と比べると直線にかなりの「さざ波」を持ちます。
下記の2画像は、弘前白糸亀甲刺し子です。
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弘前アイテムは、ラインに少しの「さざなみ」が有っても成り立ちません。

この秋田刺し子は、華奢な刺し子で揺れ揺れの刺し子ラインですが要所の調和は取れています。
オリジナル時は、おとこし(男性)が着たアイテムですが、後でおなごし(女性)が着用しました。そのあとは確実に遺されています。

以前に紹介しました「飛島刺し子」に類似した「意匠」を持ちます。

刺し子の製作を生業とした縫い子の刺し子とも思えぬほど中間直線にゆがみを持ちます。しかし 幾つかの違う種類の文様の集合体にもかかわらず 全体に見苦しさを感じません。文様デザインの解明には、時間がかかりますが、いずれにしろ「目出度い」アイテムと考えて差支えないと思います。

何かの加減による微妙な揺れは、手わざの妙と覚えておきましょう。
これが、柔らかさを演出しているのですから。

これからも、刺し子の二つの流れ ご紹介いたします。

ではまた
by saiyuu2 | 2016-02-13 04:41 | Comments(0)
おはようございます 江戸期の秋田地域 刺し子です。 4.5-3m
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前日の刺し子の江戸期オリジナルの形と布材です。

労働には必要ないほど袖がたっぷりととってあり、全体の重さもあります。

もとの大袖口に木綿布の端切れを付けて、小袖口としています。

この刺し子の横直線刺しは、まだ刺し子が盛んでない頃の趣があります。

あまりうまくないなりの揺れの面白さも出ています。
内側には浴衣につけるような江戸無地木綿の背当て、いしきあてが見られます。 

後年になり 刺し子を生業とする人たちが出現する時代となり刺し子に完璧な精度と文様表現が求められるようになり、紋様も意味づけが必要となってきます。 
文様は、近隣、遠方からどんどん吸収されたと思います。
後年秋田では、布材の種類、刺し子文様の複雑さが東北一番(かなり稀な例ですが)となったアイテムを持つ地域もあります。そのアイテムは、後日ご紹介します。


庄内辺りでは、木綿布の移入が早かったせいか同時期に色んな文様の刺し方が有り 文様表現にも意味を持ったものが多く見られます。庄内では、地織木綿プラス移入木綿の江戸期刺し子もありました。地織の藍無地木綿を表面に西国からの絣木綿布を裏側に使用されている例もあります。
木綿布が江戸期の風合いで「いい感じ」だったことを覚えています。

ではまた
by saiyuu2 | 2016-02-02 04:44 | Comments(0)
おはよございます 東北刺し子襤褸です。 4.5-3m
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縫い子は、ほどよく働いた刺し子布の端切れを数々継ぎ合わせて羽織を作り上げました。

江戸期東北のこの地域の単調な刺し子布を心地よく継ぎ合わせて「襤褸」意匠を目的としてこのアイテムは仕上げられました。

刺し子の縫い目は、よく見ると整然とした刺し子の線ではなく、まだまだ粗さが目立ちます。

木綿布が一般大衆にとってまだまだ「お大事な品」だった時代には、縫い子のおなごしたちが刺し子する機会も少なかったようです。

単調な線による刺し子は、ただただ一直線のラインの集合体で構成されました。


---オリジナル意匠の刺し子が残存していますので明日にでも御紹介いたしますが、
ラインで意味ある紋様を構成することもなく 極めて撚りの緩く太い藍染木綿糸で横一直線に刺されています。
形も江戸期の羽織の形式をそのまんま踏襲しています。労働時、このフォルムの使用感のめんどくささにまだ気が付かない時代です。
下級武士の使用であればこそ この形がゆるゆると遺されたと思います。---

そして その形だけを見習ってオファーした注文主の希望に従って 縫い子は、刺し子端切れを継ぎ接ぎしてその形だけを見習って見映えよく仕上げました。
撚りの緩い藍染木綿糸や、裏側に縫い付けられたイシキ当ての藍染木綿布に江戸期に揃えられた「布材の形」を少しの違和感もなく感じます。

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さける事のできない 労働による布の摩滅を補修する為に施されていく継ぎ接ぎが襤褸野良着の形ですが、自身の心体力によってその摩滅を最小限にとどめたいと努力した「気概」から生まれたアイテムには、良き心使いの痕がその摩滅に遺されます。
彼等の身分があらゆる物に不自由した時代に継続された心地よき心体力の痕跡が美しき襤褸となって遺されました。
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このアイテムは、摩耗しきった布からかろうじて使えるところを取り出してそのハギレによって意匠構成された 最初からの継ぎ接ぎの完成形です。
このアイテムには、家族が奢侈に傾倒するのをいましめる象徴的なアイテムであったと言う伝承が有ります。このアイテムは、縮緬振袖等当時の華美な意匠アイテムと共に唯一木綿物として蔵に遺されました。

当初から目的を持って製作された 希少「襤褸」です。

ではまた
by saiyuu2 | 2016-02-01 04:41 | Comments(0)