古布のご紹介


by saiyuu2
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<   2016年 10月 ( 4 )   > この月の画像一覧

おはようございます 青森刺し子です。
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青森は、明治から大正期にかけ 生業としての刺し子者の存在を見ます。

桁違いのバランス感覚で曲がりくねる柔らかい布地に規律正しく刺し子されています。
そして、出来上がりに当時の「有り難い」文様を気持ちよく見ることができます。
そのアイテムは、数百枚の青森刺し子に1点の割合で存在しましたが、現代では全く見ることなく先のコレクター様小冊子にも僅か数点の掲載を見ただけでした。
時代が変われば、「ありがたみ」もだんだん薄れてくるようで 手業を駆使した一点の存在は忘れ去られてしまいました。
そしてその「ありがたみ」の端くれでもご存知な人達に細々と伝承されているのが現状です。
しかし、このIT万能の時代に刺し子界の片隅にあったアイテムに襤褸という形で
また日の目を見ることは、形はどうあれ その昔の手わざ者の技術を芸術物鑑賞の世界で評価されることは その影響が次の世代に遺されて意義のあることと存じます。

青森刺し子は、これらを大きな体制と捉えてもその前時代の苦しい時代の伝承が有ってのことと存じます。

それはまた 画像がそろい次第  それでは
by saiyuu2 | 2016-10-14 04:17 | Comments(0)
おはようございます 昨日の続きです。
ここから4画像は、この刺し子の内側です。
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ここまでがこの刺し子内側画像です。
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お判りのように ダメージができたところに別布と刺し子が足されています。
これがもっとも多くの継ぎ足し刺し子に見られるタイプです。
裏側から見るとただの刺し子ですが、表側には何か意図するものが見えていきませんか、
それが刺し子者によって遺された「しゃれ」感覚と思います。
もちろんそのことは、補強を念頭に置かなければなりません。

最初にオリジナルの刺し子があって2,3種類の木綿布で構成されています。
襤褸と呼ばれるには、ほどよい労働の痕が色濃く残ることで補修を余儀なくされ 別布そして再び刺し子が施されることで出来上がります。襤褸を作る事が目的ではなく ほど良い労働の為に役立つ補修ではありますが、この時代には幸いにして上質の白い糸がふんだんに使用可能だったようです。
オリジナルの刺し子糸と後の白い糸は、質も形状も異なります。
刺し子者は、別布をえらび刺し文様を自由に選択出来ることが与えられますが この場合 取り急ぎ直線を選択したようです。
単純な直線模様ですが、刺し仕事の気分の調子が刺し跡には遺されます。微妙に変化する所以はそこにあります。
M氏は、そのことを強く感じ取ったはずで、それが購入の大きな要因でしょう。

刺し子は、その地域に根ついた風習言い伝えを背景にして遺される物で、文様はかなり異なります。もっともそのことが全てでなく人の地域移動によっても微妙な変化文様が遺される場合も結構あります。上からの規制の緩くなった時代だから存在したものもあるようです。

もう一日だけ これ続けます。

それでは
by saiyuu2 | 2016-10-13 08:55 | Comments(0)
昨日からの続きです。
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M氏がこれを入手されたときは、かなりの歓びが有ったと文章にみることができます。

青森地域某氏のコレクションの中には、このタイプの襤褸が刺し子の範疇にもっと数あるような気がしましたが、意外と集められた地域が違うのか 残されたアイテムは、少ないようです。

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弘前あたりは、もともとの城下町でしっかりした経済的基盤が江戸期以降も近代まで続いていたようで 遺された刺し子の形態にその背景を見ることができるようです。
そこには、秋田で花開いた木綿藍染浅舞絞りを基本布にくろ色糸と白色糸で刺された二種類のアイテム群が有ります。当時の若い衆が祭事の時にも「晴れの日」の労働着として着用されたようです。
その昔には、かなりの数量を見ましたが、近年では、稀です。青森某氏のコレクションにはかなりの数量が遺されたことが小資料に掲載されていました。経済的な繁栄を背景としたこういう衣料は、必然的に遺されたようです。他にも同じような地域は、幾つかあります。

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この刺し子着のように白い糸で刺し子されたアイテムは、弘前の東部当たりの地域で幾つかの採集品に出くわしたことが有ります。昨日も申しましたが 襤褸に強い関心がないことは今よりもさらに強く、記憶には ありますが当時は収集の対象ではありませんでした。
しかしながら、摺り込みによって記憶にある物は、3点ありました。今の時代にかなりマッチしたアイテムでしたので近年トアル小画像を見て「あ、こんなとこにあったか」と直ぐに確信できました。

明日に続きます  それでは
by saiyuu2 | 2016-10-12 22:22 | Comments(0)
きょうは、刺し子です。
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10年くらい前にこの刺し子の画像をNHK「美の壺」の本で見たことが有りました。

強く興味が有ったわけではありませんが、近年の襤褸ブームの影響で「ちょっといいな」と憶えていました。


ーーー元来は、襤褸に強い興味はなく、ランダムな刺し味が程よくいいねぐらいの記憶で
今でもあまり使用感のない綺麗なアイテムを最上としています。

未使用のオリジナルアイテムとは、奉納されたアイテムに「触りがたき」を感じるようなことです。
光っている感じです。いつの間にかほど良い使用感の美しさに立場を逆転されてしまいましたが、それなりの輝きは「いい感じ」の物です。
世間の流行具合という背景は、いつの時代にも染まることを跳ね返すにはかなりの信念がいります。
しかし、力が入りすぎると楽しむことは「お気楽」から離れていきます。流行の中でも次の流れに入ることをにらみながら今日の潮流の早さを直視します。

いずれにしても潮流は、変わる物で 最初の舵を切ってみようと思います。ーーー


Mコレクター様から放出されたアイテムですが 入手して記憶の奥底から「程よくいいね」を呼び起こしました。
記憶の整理は、即座に完了 あれだったかとすぐに確認できました。
書籍に青森にて初見し何年後かに入手と記載された文章を拝見し これに間違いなしと確信。
どうしても記憶に擦り込まれるとあらためて思う。

画像のアイテムの事は、明日にでも  それでは
by saiyuu2 | 2016-10-11 21:14 | Comments(0)