古布のご紹介


by saiyuu2
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30

<   2016年 11月 ( 1 )   > この月の画像一覧

おはようございます 襤褸です。
c0325097_1531762.jpg
c0325097_1533335.jpg
c0325097_1534796.jpg
c0325097_154623.jpg
c0325097_1542736.jpg
c0325097_1544351.jpg
c0325097_155128.jpg
c0325097_155342.jpg
c0325097_1554521.jpg


ここから表側です。
c0325097_156348.jpg
c0325097_1561976.jpg
c0325097_15639100.jpg
c0325097_157286.jpg
c0325097_1571367.jpg
c0325097_1572674.jpg


庄内地域の襤褸は、何点かご紹介してきましたが、
この襤褸が使用された時代は、聡明な指導者のおかげで人々が裕福でした。

上方から使われた木綿が俵で大変多く移入され より綺麗で使われた期間が短かった オリジナルに近いような木綿布は、何種類もの小片アイテムが継ぎ接ぎされて必要な大きさの布地となり
さらに着用可能なアイテムへと変化しました。

もっとも 上等な事は、未使用の布を反物で求めて 用途に応じて裁断された布を着物や野良着などに仕立てる事ですが、小さな布切れで求められたものでも 継ぎ足していけば のちに求めに応じたアイテムとすることが出来たようでした。

そのためにはもとより針と糸が欠かせぬことで お陰様で江戸期であろうとそれを手に入れる事は、この地域でたやすいことのように見受けられます。アイヌ民族の方たちは、夜に針をなくした女性が大変な悲鳴を上げたと聞いています。そこまでいきわたらなかったのか 北国の産物の交換材料として 裁縫道具などにお上からの制限があったのか、詳しいことは存じませんが、幸いにしてここ庄内では、針と贅沢な木綿糸がふんだんに出回っていたようです。

そのことは、今回の襤褸を見るうえで重要なポイントとなります。

アイテム全体が藍で染められた太いシングルスレードで刺し子されています。もっとも基本土台となる部分から木綿布に木綿糸で刺し子されています。最初は、継ぎ足しなどなかった美しいアイテムでした。シングルススレードで仕上げられているのでこのアイテムは、当初晴れの日に使用されたと思われます。時代は下り次第に野良作業などの時にも着用されるようになり、色んなほころびが生じ、補修のために藍染無地木綿布が継ぎ足されました。

表側と裏側は、時期を経て何回も逆転しているようです。

その都度その都度の適度なダメージが生ずる 作業によって その部分は摩耗のあとを補修されていきました。ほど良い作業への心掛けから自然とほど良いダメージが生じます。そして、これらのアイテムの存在があります。

ここ庄内では、このタイプの襤褸が全く残っていません。かろうじて、小ぎれいに整って修復された野良着等が、以前は少し散見されました。このレベルのダメージの修復にあまり興味を示さなった時代と思われます。基本土台と後日の補修に時間の流れを見ます。整った修復が通常とされる時期以前の修復です。少し前にもある人から「刺し子!あれは、ぼろだから」とお聞きしたことが有ります。このレベルのアイテムは、この地で ほとんどの場合破棄される風潮にあったようです。

しかしながら、古さが感じられる 状態の良い刺し子アイテムは、稀に遺されています。

他の地域では、 http://saiyuu2.exblog.jp/21793724/ 夜着の裏地ですが、来客の多さを誇示したのか 物持ちの良さで堅実さを表したのか、江戸期の木綿に麻シングルスレードで摩耗の「擦れ味」を独特の「襤褸アート」的に表現した地域の存在があります。これは、表側の木綿筒描きは、全くの未使用アイテムでした。表皮だけを何度か取り替えていたようです。

現代 我々は芸術的な印象を持つ襤褸を鑑賞します。それは、その奥深くに潜む色んな地域の風俗・習わしの独特の表現を鑑賞している事になります。そこには、地域・時代の相違も存在します。私たちは、そこに興味を駆り立てられるのでしょう。時代がさかのぼるほどその違いは、明確なようです。

江戸期の素晴らしい風合いの木綿の片鱗が美しき労働の遺産として遺されました。

それでは
by saiyuu2 | 2016-11-15 00:00 | Comments(0)