古布のご紹介


by saiyuu2
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

<   2017年 05月 ( 8 )   > この月の画像一覧

今日は、庄内刺し子 足袋と江戸期 庄内刺し子デンチです。
c0325097_8515141.jpg
c0325097_852373.jpg
c0325097_8523961.jpg
c0325097_8525168.jpg
c0325097_853424.jpg
c0325097_8541740.jpg

白木綿に藍染糸で刺し子されています。少し小さめなので女性用でしょう。
それなりの仕事の量です。 少し汚れがついているだけでダメージは、ありません。


これも、江戸期の庄内刺し子です。
c0325097_857296.jpg

c0325097_8591440.jpg
c0325097_8593174.jpg
c0325097_859456.jpg
c0325097_8595978.jpg

c0325097_901279.jpg
c0325097_902515.jpg


ここから内側です。
左側にあるのは,後つけのポケットです。ポケットが、必要となる時代につけられたものです。
ほとんどの刺し子アイテムは、ポケットを必要としません。これは、ちょっと偉い人が使用したか、時代が下がって必要となったからです。
江戸期、明治、大正、昭和の初めは、結構ハードな仕事が当たり前でポケットにものがあれば仕事の邪魔になり、余計な文書は過ちのもとです。
c0325097_995019.jpg


c0325097_910220.jpg
c0325097_9102168.jpg
c0325097_9103719.jpg
c0325097_9105274.jpg
c0325097_911767.jpg
c0325097_9112081.jpg
c0325097_9121685.jpg
c0325097_9122647.jpg
c0325097_9123729.jpg


江戸期庄内刺し子仕事着の表側は、ほとんどがムジ藍染木綿で構成されています。
反して裏地は、型染・絣・江戸小紋なども継ぎ接ぎで使用されています。

同じ面積の色変わり無地裏地は、かえって少ないようです。
同じ面積の木綿布の無地-表・裏-の形式を伝承する後代のアイテムは、古手木綿の呪縛から解放されたようにこの形式の物が多く裏地の継ぎ接ぎは、ほとんど見当たりません。

たまに江戸期「縞帳」にあるような縞木綿布が表側に使用されています。 この地域では、表側に使用される木綿布は、縞木綿すらも目立つぜいたくだったのでしょう。

無地の刺し子に逆らうように酒田あたりでは、早い時期から濃い藍地に目立って文様の浮き出る
先染めの「縹色」木綿糸で洗練された Folkyな文様が刺し子されています。

しかし、江戸期から明治期の前半頃鶴岡あたりでは、「縹色」の刺し子糸が使用された文様さえもまだまだ恐れ多いことだったようです。

ではまた
by saiyuu2 | 2017-05-30 09:43 | Comments(0)
今日は、庄内刺し子の柔らかアイテムです。
c0325097_1793256.jpg
c0325097_1794359.jpg
c0325097_1795552.jpg
c0325097_1710616.jpg
c0325097_1710424.jpg
c0325097_17105476.jpg


ここから内側です。
c0325097_17115289.jpg
c0325097_17121256.jpg
c0325097_17122336.jpg
c0325097_17123565.jpg
c0325097_17124659.jpg
c0325097_17135064.jpg
c0325097_17135913.jpg
c0325097_1714945.jpg
c0325097_17141961.jpg
c0325097_17143442.jpg


江戸期の庄内刺し子です。手触りが少し柔らかい部類の刺し子です。

デンチ型のやや硬質なアイテムに比べて動きやすいようにできています。

このアイテムは、打ち込みのしっかりした木綿布を使用したものとの違い二枚重ねの内側の木綿布が
かなりFolkyな打ち込みの緩いアイテムで 厚みは、同じような厚さですが 木綿布の打ち込みが緩い分だけ刺し子されても柔らかいです。江戸から明治の初めは、 布おさえの糸は、麻糸が殆どです
作業に適した素材が使用されると仕上がりに違いができてきます。

二枚重ねの刺し子でも使用された木綿の打ち込み加減によって硬質感を変えることができるようです。
 まだ庄内刺し子を紹介して僅かですが、今後 庄内刺し子の「百の変化」をご紹介していきましょう。 

良い為政者の下 庶民がつつましくも裕福に暮らした背景に

いやされる藍染木綿アイテムは、大切に遺されました。

でわまた
by saiyuu2 | 2017-05-27 19:51 | Comments(0)
今日は、すこし「スレ味」の江戸期 庄内 刺し子です。
c0325097_1041580.jpg
c0325097_10411874.jpg
c0325097_10413069.jpg
c0325097_10414252.jpg
c0325097_10415316.jpg
c0325097_1042865.jpg
c0325097_104222100.jpg
c0325097_10424029.jpg
c0325097_10425778.jpg
c0325097_10434840.jpg
c0325097_1044969.jpg


この刺し子の背から首回りに使われた 江戸期木綿布の拡大画像です。
c0325097_10442345.jpg
c0325097_10443621.jpg


ここから内側です。
c0325097_10452124.jpg
c0325097_10453475.jpg
c0325097_1045502.jpg
c0325097_1046593.jpg
c0325097_10461847.jpg
c0325097_10463159.jpg
c0325097_10464765.jpg
c0325097_1047491.jpg
c0325097_10472493.jpg
c0325097_10474187.jpg
c0325097_10475410.jpg
c0325097_1048693.jpg
c0325097_10482277.jpg
c0325097_10483669.jpg
c0325097_10484844.jpg
c0325097_1049584.jpg
c0325097_10491825.jpg


江戸期の庄内刺し子の文様は、この場合はざっくりいうと斜め枡刺しです。

庄内刺し子研究会の調査によると他にもいろいろな文様が有りますが、
その由来は、平安時代から都との文化の移入が有った事でもわかります。

撚りの強い木綿wスレードで刺し子してあります。指などに結構な筋肉を蓄えた人じゃないとこの仕事は、前に進まないと思います。このアイテムは、これ以降の刺し子アイテムに比べて硬さに抜きんでたものがあります。手触りがFolkyな江戸期木綿布が二枚重ねられて刺し子されています。

強靭な針と技術的にも何か上級のことがないと容易に刺し子できぬアイテムと思います。
近年幾つか遺されたアイテムが散見されています。これは庄内酒田の一部地域で伝えられた良き方法で仕上げられたアイテムです。
後の時代の庄内地方刺し子アイテムと比べると刺し子の密度がかなり違います。

この刺し子と同じ手触りの木綿布を近江の江戸期刺し子たっつけに見たことが有ります。
基本の木綿布は、あくまでも仕事着レベルに使用できる強度があることと、刺し子縫いしやすい木綿布であることが共通しているようです。

庄内と近江は、庶民が裕福なことが共通しており、針・木綿糸の調達が容易であったと思われます。

江戸期封建制度の中でも 流通が盛んで商業に密着した農業のある土地に当時としては、ぜいたくな木綿布を使用した刺し子は、農家庶民の仕事着に素晴らしいものが遺されました。

でわまた
by saiyuu2 | 2017-05-25 14:09 | Comments(0)
庄内江戸期木綿刺し子です。

画像の刺し子は、江戸期 風合いの良い厚みの木綿布を二枚重ねて木綿糸で刺し子されたアイテムです。かなりの熟練者の技量が必要と思われます。後の時代の刺し子より厚さが有り、かなりの硬質感を持った刺し子布です。
ほど良い厚さは、その時代の木綿布の柔らかさを示し その仕上がりに強度と風合いの良さがあり。妥協できる調和の限界点だったと思います。
今日では、その硬質感に江戸期の時代性を感じ また使用頻度の高いアイテムとそうでないものとに今日的微妙な好みの相異を生み出してきました。
 
江戸火消しの刺し子のように確実に必要な硬質感を持つアイテムと野良着等何回も洗浄を繰り返した柔らかい厚さの刺し子アイテムに見た目の印象差はあります。

そして、現代に遺されてきた江戸期木綿アイテムは、未使用アイテムと多使用感アイテムに両極の味わい深さを含みます。

江戸期木綿布の持つ良さは、全て「江戸期の良き風合い」から発生します。

c0325097_18551432.jpg

c0325097_18552546.jpg
c0325097_18553655.jpg
c0325097_1855456.jpg
c0325097_18555722.jpg
c0325097_18561446.jpg
c0325097_18562935.jpg
c0325097_18564679.jpg


ここから内側です。
c0325097_18574297.jpg
c0325097_1858239.jpg
c0325097_18594477.jpg
c0325097_185957100.jpg
c0325097_1901053.jpg
c0325097_1902822.jpg
c0325097_1904332.jpg
c0325097_1905955.jpg
c0325097_1911362.jpg
c0325097_1912733.jpg
c0325097_1914172.jpg
c0325097_195895.jpg
c0325097_1953610.jpg
c0325097_196770.jpg
c0325097_196275.jpg
c0325097_1965056.jpg
c0325097_1971020.jpg
c0325097_1973096.jpg
c0325097_1974895.jpg
c0325097_198893.jpg
c0325097_1983021.jpg
c0325097_1984390.jpg


w木綿スレードで全体をバランスよく刺し子するのは、結構大変な技術を要すると思います。
どこを見ても見慣れたお決まりの江戸事柄満載です。

ではまた
by saiyuu2 | 2017-05-24 19:08 | Comments(0)
江戸の筒描 二題です。
まずは、家紋に岩、竹と筍です。
c0325097_15431468.jpg
c0325097_15432756.jpg
c0325097_1543421.jpg

c0325097_16393736.jpg

c0325097_16394812.jpg
c0325097_1640152.jpg

c0325097_15443940.jpg
c0325097_15445189.jpg
c0325097_1545372.jpg


もう一点は、ボタンに獅子です。
c0325097_15464895.jpg
c0325097_1547426.jpg
c0325097_15471966.jpg
c0325097_15473381.jpg

c0325097_16425491.jpg

c0325097_16431066.jpg
c0325097_16432875.jpg
c0325097_1643462.jpg
c0325097_1644658.jpg


この2点の江戸筒描きは、何処か地方の江戸期筒描と思います。
江戸期ものは、何処も創作熱意が込められたアイテムが多いです。

この江戸期筒描き二点は、江戸期の職人の精一杯の創意工夫を持ちます。
そして、何とか絵画をシンプルに立体的に表現しようとする創作意欲が有ります。

竹や筍、岩の随所に加えられた細い斜線で奥行き表そうと努力しているようです。
地面までも横筋で面白くしています。
もちろん友禅的ボカシの手法を知っていれば、その手もあるのでしょうが、
 
独自のかんたんな斜線表現で3Dを描き出せばそれが筒引きのシンプルな「いい味」でしょう。

今回は、絵画が描かれた木綿布に注目してみました。

幕末期と言えどもまだ封建制度で世の中が動いているご時世、一般庶民には藍染筒描き布団は、まだまだ「お大事な物」だったと思います。ここ一番のお客様用には、嫁が婚礼の時に持参した藍染夜着でごっゆくりとお休みいただいたことでしょう。

今、この筒描き布に触れる時、江戸木綿は、分厚い印象を持ちます。

この事は、統一基準ではありませんが何処の地方にても ほぼ同じような手触りの木綿布アイテムでした。
打ち込みの良い木綿布は、地方においてこの薄さ具合が限界でしょう。

この時代 絹物特に伸び縮みが柔らかい「縮緬布」などは、花洛の一部特権階級たちの特別なアイテムで、後年、裕福な庶民たちに払い下げられたとしても ちゃんとした状態は、まだまだ有難いアイテムで 後にかなりの絹物で継ぎ接ぎされたものでも大事に保存されたものでした。

花洛にては、薄手の木綿布の流通も盛んであったろうと思いますが、絹アイテムには及びません。
遺された木綿布薄手アイテムは、現代 ほとんど見かけることが有りません。

そこで麻ほどのごわごわ感がなく 取りあえず薄めの布としての木綿布は、その辺の手触りが上物として全国的に認識された良さだったと思われます。
とはいっても現代の基準では、「分厚い」が実感です。

そして、庄内辺りの裕福な庶民は、この手の木綿布を重ねて仕事の為のアイテムを作り出しました。

庄内地方は裕福な土地で上質の木綿布は、容易に入手できました。そして、ごわごわの庄内刺し子が誕生しました。当時に婚礼道具として作られた袖なし「出たち」着物などが 物持ちがよい土地柄の御かげで 今日、

庄内江戸期刺し子は、僅かですが遺されました。

そこには、手触り良き江戸木綿の存在が確かにありました。

ではまた
by saiyuu2 | 2017-05-23 22:13 | Comments(0)
今日は、刺し子 「足袋」です。
c0325097_1402449.jpg
c0325097_1404198.jpg
c0325097_1405531.jpg
c0325097_1411266.jpg
c0325097_1412743.jpg
c0325097_1414544.jpg
c0325097_142221.jpg
c0325097_1423648.jpg
c0325097_1425478.jpg
c0325097_1431547.jpg
c0325097_1434196.jpg
c0325097_1435565.jpg
c0325097_1441263.jpg
c0325097_1442861.jpg
c0325097_1445189.jpg
c0325097_1451033.jpg
c0325097_1452638.jpg
c0325097_1454237.jpg
c0325097_146385.jpg
c0325097_1485528.jpg
c0325097_1491721.jpg
c0325097_1493529.jpg
c0325097_14101594.jpg
c0325097_14125360.jpg
c0325097_1413941.jpg
c0325097_141526.jpg
c0325097_14152577.jpg
c0325097_1416992.jpg

c0325097_1424540.jpg

c0325097_14242670.jpg
c0325097_14244831.jpg
c0325097_1425621.jpg
c0325097_14252418.jpg
c0325097_14254289.jpg
c0325097_14264839.jpg
c0325097_1427313.jpg
c0325097_14272071.jpg


刺し子足袋 親子です。

親の足袋ですが 浅黄で染められた木綿刺し子糸で山文様が有ります。
木綿布は、明治期頃と思います。良き自然藍染で染められています。
良い自然藍染の場合のみ「スレ味」にいい感じの褪色が有ります。自然藍染染料も色々あり、「スレ味」に灰色がかった色目が現れることもあります。注意して擦れた部分をご覧ください、すべての自然藍染料が同じいい感じの使用感ある「スレ味」を出すとは限りません。

この刺し子足袋は、庄内地域の採集です。この地域での採集藍染アイテムには、江戸期から明治期ぐらいにかけて良き自然藍の使用品が多く見られます。

大正期の後半ぐらいからこの地域では、硝煙を色んなアイテムにしようする傾向にありその「スレ味」に灰色みを帯びた感じが強くなります。濃紺の褪色のいい感じアイテムがかなり数少なくなります。

灰色の褪色感も違う良さは有りますが、藍染になじんだ目には、異色にうつります。
そのことは、自然藍の生産地の違いが製品としてのアイテムに現れることもあります。
「何気にちがうな」と感じたらそれが自然藍の生産地の違いでしょう。自然藍染料の染め回数の問題では、ありません。
アイテムに接した時にそのことはあらわれます。

これらの「足袋」アイテム布に目を向けると明治期の打ち込みの良い木綿布が使用されてます。
江戸期の撚りの緩い木綿布は、使用されず たとえそれが使用されたとしても外圧ですぐに大きな穴ができてしまうでしょう。ここまで打ち込みの良い木綿布を「足袋」に使用できる裕福な土地であればこそです。東北地方の他地域でも江戸期の緩い撚り木綿が足元に使われたアイテムは、長年の採集品の中にもありません。ダメージ痕からもこのアイテムは、長い間使用されました。その後 遺されたと思います。庄内は、裕福な土地ゆえかこれ以上のダメージを持つアイテムの存在は、きわめて少なく、次の新品に取って代わられたと思います。江戸期末から明治期のこれらのアイテムが遺されるのは庄内が最も顕著なように思われます。

親アイテムは、補強のためにお決まりの木綿Wスレードで刺し子されています。刺し子は、浅黄色の先染め木綿糸で山型(もしくは、杉綾形)に刺されています。漠然と刺し子するのではなく、斜線を基本に刺し子されています。仕事の為だけでなく何かの祝い事など儀式の際に着装したのでしょう、むしろその機会にこのアイテムの使用が多かったと思われます。

ではまた
by saiyuu2 | 2017-05-21 15:36 | Comments(0)
今日は、「雨」襤褸です。
c0325097_13185938.jpg

以前は、襤褸の仕上がりについて少し話しました。
素材や糸の使われ方によって見た目は、かなり違います。
それは、アイテムの時代背景が表に現れています。 我々は、アイテムをその背景を詳しく知るでもなく現代では、楽しんでいます。
Boro Noragiにおいて木綿布を精査すると江戸期の手紡ぎの風合いの良い布でその時代に使われていたアイテムだと全てがバランスよく 

その時代感と経年の使用による 「味わいともいえる風合い」(Tasteful texture)を

今日の我々は、美しいと捉えることができます。
近年は、これらのアイテムに「芸術的な感動」を覚える人達によって襤褸アイテムが部屋のデコレーションとして海外でも認められるようになってきましたが。

この事は、もともと木綿など手仕事で手間暇かけて作られた素材布に素朴な良さがあり自然布の風合いを今日の化学繊維等が氾濫する時代の対極にあるアイテムの存在としてこれらの時代布を楽しむ--

--大いなる時代背景のギャップとアイテムが長年変化してきた経年の痕跡--を

遺されたアイテムの中に我々は「良き風合い」を見ます。DNA(日本独特の四季)がそうさせているのでしょう。(付け加えて狭い国土で常に天災に見舞われる背景を生きてきたからでしょう)

栽培から糸の生成まで「この背景で」かなりの時間と労力がかけられて仕上がった布アイテム

その工程の詳細を見ずとも その時代に完成品を手にした人々にとって大変有難いアイテムである思いは、伝わるのでしょう。

今回は、そんな何気の奥の事を考えずに 見た目 It's rain です。


c0325097_1456454.jpg

上記画像の部分画像が壱番上の画像です。

c0325097_14122275.jpg

上部の黒く立ち込めた雲から五月雨式に降る 雨です。

ここから内側です。

c0325097_141525.jpg

c0325097_14162735.jpg
c0325097_14155858.jpg

「雨」の内側は、こんな感じです。


c0325097_1417367.jpg

c0325097_14175877.jpg

この辺の感じは、上級者になじみの雰囲気です。

しかし
c0325097_1420550.jpg

あるがままを愛でて語るのも、時には良いでしょう。
c0325097_1421568.jpg


でわまた
by saiyuu2 | 2017-05-10 14:50 | Comments(0)
おはようございます 今日は、紙縒り糸、麻糸、木綿糸で織られた野良着です。
c0325097_10502376.jpg
c0325097_10503957.jpg
c0325097_10505294.jpg
c0325097_1051359.jpg
c0325097_10511477.jpg
c0325097_10514247.jpg
c0325097_10515366.jpg
c0325097_1052390.jpg
c0325097_10521443.jpg
c0325097_1052239.jpg


以前にご紹介した庄内「紙縒り鎧下」の流れをくむ これは、「野良着」です。
  
江戸期は、紙縒りの「鎧下」としての需要から その存在が有りました。

時を経て近代では、野良着もしくは、特殊な祭礼・儀式用としての存在です。

江戸期から一足飛びに近代のこのアイテムとなったわけでなく、幾つかの段階を経ています。

これは、希少でほとんど現代では見ることが有りませんが、ここまでの変遷は幾つかのアイテムでたどることができます。ここには、木綿糸・麻糸そして紙縒り糸が交織されていますが、いかにも木綿糸の使い方は、そこに財力の余裕が見えます。木綿糸など使うこともできない場合は、その辺で調達が可能な麻が都合よくどこにでも自生していたようです。
ご存知のようにかの地は、江戸期から大変裕福な土地でした。その為 紙縒り糸を緯糸に使ったアイテムも藍に染められたアイテムを筆頭に数々あり、それらには、経糸にほとんどの場合木綿糸が使用されています。ふんだんに木綿糸を使用できる余裕がありました。紙縒り糸のみを緯糸に、経糸は木綿糸を このコンビの織布が藍のつけ染布で多くの形を持っていました。もっとも目にしたのは、やはり上質藍染木綿の野良着でした。それも袖のあるアイテムを多く見ました。

それらは、ほどよい作業で摩耗・傷ついた時 かの地では、その上に同様の布を継ぎ接ぎする機会は極めて少ないことでした。継ぎ接ぎされたアイテムの存在が希少であることからも 使用に難のある布は、解かれ次の使用布のパーツとなったようです。それがかの地の時間と財力の余裕を表していました。
近年までは、このタイプのアイテムもしばしば散見されましたが、いかんせん継ぎ接ぎ・擦れ味・襤褸という今はやりのコンセプトにはかなり及ばず 若干の擦れを持つ程度のアイテムでは、近年までほとんど顧みられることのない存在でした。しかし、製作当初より良き木綿、良き藍染料が使用されたアイテムだけに存在する 未使用アイテムの硬質感 そして美しく使用されたアイテムの現状には、きわめてFolkyな趣があり この江戸期から明治期にかけて手で紡がれた良き風合いの木綿と良質藍染料の結合には、他の地にない贅沢な日本染織アイテムの存在が有ります。

-----余談ですが良い藍染料の光沢感が素晴らしく発揮されるのは、良い麻繊維に染められた時もさらなる輝きを持ちます。その時代の良きアイテム・仕事の結晶です。

良き藍染め・良き風合いの木綿の結合は、良き仕事によって美しい使用痕跡が表現されました。全ては、当時そのシーンにいた人々によって生み出された良き仕事の最後の痕跡が今「美しい襤褸」と呼ばれています。------

その紙縒り藍染アイテムは、多くの存在を知りますが このアイテムのような 麻・紙縒り・木綿の三種の糸から織られた布アイテムは、きわめて亜流であると思います。これは、突然変異のごとく生まれたただ一点のアイテムでなく その流れを確実に読み取る為のアイテムの存在によって かろうじて 何らかの伝承の流れがあることを考えます。

そして、そのほかにも紙縒りと麻糸による デンチスタイルのアイテムがあり、これらを比べる時
どちらが本流でどちらが亜流なのか 検証をしなければなりません。

紙縒り糸と 麻糸・木綿糸その他繊維との交織物の流れは、近代にも及ぶものと考えられます。

ではまた
by saiyuu2 | 2017-05-02 11:05 | Comments(0)